愛すべき同僚たちについて
働きはじめて数週間たち、仕事に慣れてきたところで、ナイスでラブリーな同僚たちのことを紹介したい。彼らは皆往々にして優しく、「昨日は仕事の後何したの?」「ランチ何食べたの?」などいちいち聞いてくれ、ちょっと髪型やアクセサリーを変えただけで気づいて褒めてくれる、気さくな人たちだ。
まずはマネージャーだが、前述したように、まるで王子様のような振る舞いと話し方なのに、なぜか坊主頭だから、私は心のなかでひそかに「ファンキープリンス」と呼んでいる。腕には色んなタトゥーが彫ってあるが、その一つは可愛らしいコーヒーカップの絵だ。故郷のゴールドコーストにいるバリスタ友達とおそろいで入れたらしい。二枚目で人当たりがいいので、女性客を筆頭に老若男女からよく引き止められて話し込んでいる。天然たらしとは彼のことで、どんなに忙しくても神対応を忘れない接客業の鏡である。
私が働き始めたばかりのころにミスを連発してパニクっていた時は、「ちょっと話そう」と外に連れ出して、「自分をそんなに責めないで。大丈夫だから」と諭してくれた。私が切羽詰まった顔で「私はどうしてもこの仕事を失いたくないの」と訴えると、何を馬鹿なことをと言うように笑って「それはぜったいににないから安心して」と言ってくれた。「君はラブリーだし、できるようになるまでは時間がかかる。この店は学ぶのに最適な場所だ。しなきゃいけないだけのミスを全部して、ゆっくり学べばいい。だから心配しないで。ほら、気分転換に、5分くらい外を散歩でもしてきたら」そんな風に言ってくれた時は、ほんとうに王子だと思った。
しかしやはり現実は甘くなく、さすがのファンキープリンスもだんだん厳しくなってくる。やっぱり私がポンコツすぎる時は注意しなくてはならない。そんな時は王子の顔が曇るので大変いたたまれない気持ちになる。傷つけないようにできるだけ婉曲的表現で伝えようとしてくれるが、私はそれを「遅い」「雑」「テンパり過ぎ」などと直接的な表現に頭の中で翻訳してしまうので、気遣われているのが余計に辛い。し、期待通りにできない自分が不甲斐ない。そうした思いが積もってきてだんだん私はマネージャーに対して気まずさと苦手意識を抱くようになってしまった。最近は彼がなにか言ってきたら「はいはい、ブチギレ男」などと心の中で悪態をついてやり過ごしている。しかし、実際には彼はブチギレているのではなく少しイライラしているだけで、私が過去に働いてきた怖いマネージャーたちと比べれば、マネージャーというストレスの多い立場にいるにも関わらず彼はとても優しい方なのだから、悪態をついたりせずに感謝しなければならない。早くちゃんと仕事をできるようになって、関係を修復し、自信を持って接せられるようになりたいと思う今日この頃である…が、道のりは遠く感じられる。
ところで、マネージャーのファンキーな見た目はやっぱり彼にファンキーな一面があるからだった。王子的振る舞いからは想像しがたいが、彼は実はラッパーで、ヒップホップ系音楽を作るのが好きなのだという。Spotifyに自分の作った曲を載せていて、今年からはプロを目指して本格的に音楽活動をするのだという(普段は笑顔と落ち着いたたたずまいを崩さないが、曲のことを褒められた時だけは、たちまち顔を赤くしてはにかむ)。また、過去にはダンスもしていて、ヒップホップダンスの大会に出たこともあるらしい。とんだポップスターだった。そうした特技があるのは素晴らしいが、開店作業中に自分の作った曲を流すのだけはやめてほしい。上司の歌声を聞きながら作業するのは、なんというか、こちらが恥ずかしくなってしまう。彼はごく堂々としているけれど。
また、坊主頭の謎も解けた。他の同僚から聞いたのだが、ちょっと前まではずっとロングヘアだったのだという。それが、束縛の強いガールフレンドと別れてから、いきなり坊主頭にして金髪に染めたのだという(今はもう何回か伸びたのか金髪ではない)。そして私が働き始めてしばらくした頃には、ある日ずっと生やしていたひげも全部剃って来たのでスタッフみんなが騒然とした。まるでティーンエイジャーの少年のようにつるつるとしたベイビーフェイスのマネージャーを見慣れるのに、みんな時間がかかった。「いつもと違って見える」と言うと「別人みたいでしょ」と嬉しそうにしていた。そしてまたしばらくすると、こんどは伸びてきた坊主頭を新しい髪型にカットしていた。そんなマネージャーの激しい変化と新しい自分探しを、少しだけ面白がりつつも温かい気持ちでみんな見守っているようだ。
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次はカレンだ。女の子みたいな名前だが、27歳のニュージーランド人男性で、バリスタ歴8年くらい、スキルはトップレベルで、マネージャー不在時には代理を任されている。いつもしわのないネイビーのシャツを乱れなく着こなしており、ウェーブの掛かった亜麻色の髪と口ひげもあいまって、店の名前が英語で貴族の爵位を表す言葉なのだが、まさにそんな店名にぴったりのきっちりとした身なりだ。
彼はほとんど笑わない上に、抜け目なく店内および新人である私の行動を見張っていて、コーヒーのことについて注意する際は目がギラつくので、おおらかなイメージの羊の国ニュージーランドからやってきたとは想像し難い、几帳面で冗談の通じない少々怖い人だと思っていた。また声が低い上に早口で喋るので、低音が聞き取りづらい私の耳には、彼が何を言っているかわからないことが多い。
だが、少し一緒に働くことに慣れて、よくよく耳を傾けてみると、コーヒーのことについて話すとき以外は、実はジョークしか言っていないことがわかった。ただ、どんなジョークを言うときでもカレンは一切笑わないため、英語ネイティブの同僚たちでさえ、最初はカレンの様々な変な発言が本気なのかジョークなのかわからなくて困惑したという。例えば、カレンがこの店に雇われて間もない頃、オーストラリア人の同僚の一人に向かってカレンが「僕さ、この店で働けるのが嬉しいから店名のタトゥーを腕に入れようと思うんだ」と真剣な表情で言ってきたらしく、その同僚はカレンのことを「頭のおかしなやつだ」と思ったらしい。しかしあとになってそれはジョークだったと知ったのだという。
私がカレンのわかりづらいジョークに気づき出して大笑いするようになって以来、彼に何を言っても大抵は大嘘のジョークで返されるため、いったい何がほんとで何が嘘なのか、まったくわからない。同僚たちは「カレンの言ってることは真に受けちゃだめだよ」と冗談交じりにアドバイスをくれる。
例えば、英語に 「GOAT」というスラングがある。英単語goatは普通は動物の「ヤギ」と言う意味だが、スラングではGreatest of All Timesの略で、「最高なやつ」という意味だ。なので、ある日私は隣で働いているときに、冗談交じりにカレンのことをGOATと呼んでみた。
すると、カレンはものすごく真剣な顔つきで「ニュージーランドではね、GOATじゃなくSHEEP(羊)って言うんだよ」と諭すように言ってきて、私は抱腹絶倒する。
そんなカレンに休日には何するのと聞いたら、「インスタグラムをスクロールして時間を無駄にすること」と真顔で言っていた。
そんなカレンはいくらふざけていても、仕事については私が少しでも横着していると目ざとく見つけて「マジでちゃんとしろ」と注意してくるので怖い。そんな時は、「出た出た、ぶちぎれカレン」と心のなかで悪態をついてやり過ごしている。そのくせカレンはたまに、恐ろしく真顔で「ここはああしたほうがいいよ」と注意した後で、「今日はリップをつけてるね。新しいの?」などと、嬉しいけれども少々ぎょっとするようなことを平気で言ってくるので、こっちは調子が狂ってしまう。
バーの向かいのカウンター席の壁面は、鏡張りになっている。私がお客さんが去ったあと食器をを片付けたりしている際に、ふと鏡越しにスラリと背の高いマネージャーとカレンが二人並んでコーヒーを作っている様子が目に入る。そんな時は「はあ、コーヒープリンスたち」とついついこっそり見とれてしまうのだった。
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次はアッシュだ。くるくるカールしたとび色の髪の背の高い女の子が一人。あまり笑わないので最初は冷たい人かと思っていたら、小さな声で喋る彼女の言葉によくよく耳を傾けると、要点を捉えつつも思いやりに満ちた優しい
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