メルボルンで私が働くカフェは、市街中心部(CBD)にある。ビジネスマンや観光客で賑わうその店は、ハイクオリティなコーヒーとクールで洗練された雰囲気が人気で、店の前にはいつも行列ができている。小さな店内は人でごった返し、冷房の効きが間に合わなくてサウナのように暑く、常に忙しく動き回らなければいけないので、その店で働くことはまさにスポーツに等しい。
しかし人々が並んでまで来るだけあって提供されるコーヒーは確かに美味しい。今までメルボルンのいくつもの店でコーヒーを飲んできたが、その中でも指折りの美味しさだ。ラテ、フラットホワイトを始めとするエスプレッソ系ドリンクに使われるハウスブレンドは、テイスティングノート(味の描写)上はチョコレートやナッツ的な味と表現されているが、甘み、苦味、酸味のバランスがちょうどよく、ボディがしっかりとしていて、毎日飲みたくなるような黄金比だ。ミルクはシルクのようなテクスチャで、プロのバリスタたちのポアリング技術と相まって、コーヒーと完璧に調和し、美しい口当たりを可能にしている。
働いているバリスタたちは、みなバリスタ歴5年以上の強者ばかりであり、トップレベルになると8年、マネージャーは13年と、若いのに訳の分からない年数になってくる。
そんな店でなぜ、途切れ途切れカフェで働いてきたのをかきあつめてもせいぜい3年、しかもプロのバリスタとして真剣に働き始めたのはたったの1年前という私が働けることになったかというとーー正直良くわからない。
でも、ただただ運が良かったとか運命の導きみたいなものによって、私はその店で働くことになった。
というのも、その店に応募した記憶が全くないのだ。仮にオンラインで募集を見たとしても、「あの店で私が働けるわけがないよ、ご冗談を」と恐縮し、応募しなかったはずだ。もしくは逆に、「どうせ受からないのだから応募だけしてみよう」と高をくくって無意識のうちに応募したのだろうか。自分が怖いが、とにかく全く覚えていない。なのでその店から連絡が来ることなど予想もしていなかった私だが、バリスタ修行のためメルボルンに来たものの、自分に合った仕事がなかなか見つからず「はあ〜もうあきらめて日本に帰るか」とフライトをチェックしていたようなある日、いじけてカフェでのんびり本を読んでいると、青天の霹靂のように人事担当から電話がかかってきて、面接及びトライアルへ行くことになった。
トライアルで仕事ゲット
前日の夜、私は眠れなかった。
一体どういうこと?もうすっかりあきらめて帰国するつもりでいたのに。
でも、挑戦せずに帰国してしまうには、もったいないようなチャンスだった。メルボルン内で名の知れたレベルの高い店で、バリスタとして修行するにはピッタリの場所だ。もし働ければ成長できること間違いなし。だけど…。
また失敗するかもしれない。不安と緊張で眠れない。けど天井を見つめながら考える。たとえ失敗したとして、失うものはなにもない。上手く行けばラッキー。一か八か、神様がくれた最後のチャンスだ。もう一度だけ頑張ってみようじゃない。また挑戦するのは怖いけど、それでも、
私ならできるはず。
眠気が訪れるのを待つのを諦めて、自分を鼓舞する言葉をノートに書きまくったり、前のカフェで働いた経験を思い出してイメージトレーニングをしたり、アプリを使ってモチベーションを高めるガイド付き瞑想をしたり、好きな応援ソングを久しぶりに聞いたりして、気持ちの準備をして眠れない夜をやり過ごした。きっと深夜3時か4時ころやっと寝付いたと思うけど、起きたら頭はわりとシャープだった。緊張のおかげでアドレナリンが出ている。
☆
ドキドキしながら面接へ行くと、迎え入れてくれたのは、まさに長年ホスピタリティ業界で働いてきたことがうかがえる洗練された立ち振舞いの、けれどもコーヒー業界で働いているということもあり少しポップな装いの(ピアスしてて坊主頭なのだ)男性マネージャーだった。バリスタによくいる、人の扱い方がわかっていて、話す人は皆魅了されてしまうーそんなタイプだ。優しい笑顔をたたえ、柔らかな声で、「ようこそ、来てくれてありがとう。まだ開店準備をしてるから、こちらで待っててね」とバーカウンターの席に案内してくれる。
店内は奥に向かって縦長のバーのような作り。バーカウンターに数席と、向かいの壁沿いのカウンターに10席、そしてテーブル席が3つ。レジ下のキャビネットにパンや焼き菓子が並んでいるだけで、キッチンはない。フードは提供せず、コーヒーにフォーカスしているらしい。私はフードを扱った経験がほとんどないので、コーヒーしかやらなくていいのは職場として理想的だ。
カウンター越しにバー内で働いているバリスタたちが見える。洗練された手付きで、器具を操り、豆をグラインドし、コーヒーを抽出する。香ばしいコーヒーの香りがカウンターに漂ってくる。動きの一つ一つに無駄がなく、見とれてしまう美しさ。
かっこいい。この店で働けたら、どんなにかっこいいことだろう。
憧れの眼差しで彼らの仕事を眺めていると、マネージャーがやってきて、裏の控室に案内してくれた。そこまで歩きながら簡単な質問をいくつかしたあと、荷物をおいて、さっそくトライアル(実際に仕事をさせて合否を決めるオーストラリアで一般的な面接方法)がスタートした。
ポアリング(注ぎ)、ミルクスチーム、ショットのポジションをそれぞれ10〜20分はしたと思う。
ポアリングでは、マネージャーがスチームしてくれたミルクをエスプレッソショットに注ぎ、ラテなどのドリンクをつくる。紙カップに注ぐテイクアウトが多いがたまにダインイン(店内で飲む場合)もある。その際は、マグカップにロゼッタのラテアートを注ぐことになっているとマネージャーから告げられる。
ひえ〜ロゼッタ!?と私は内心冷や汗をかく。ロゼッタといえば、フリーポア(ピックなどの道具を使わず自分の注ぐ技術だけで注ぐラテアートの手法)の基本3模様であるハート、チューリップ、ロゼッタの中で一番むずかしい模様だ。私の場合、ロゼッタは練習中でたまに成功することもあるが、緊張にさらされた場面で成功する自信はない、という感じ。そして、私は小さなミルクジャグで注ぐことに慣れていたのだが、この店では大きなミルクジャグで注ぐことになっている(慣れるとその方がミルクをコントロールしやすいらしい)らしく、緊張と慣れない大きなミルクジャグで手元は安定せず、案の定、私が注いだロゼッタはぐちゃぐちゃ、目も当てられない、という出来になってしまった。けどマネージャーは「まあ、テクニックはすでにあるから、練習すれば上手くなるよ。ラテアートは時間がかかるからね」とフォローしてくれた。
気を取り直して今度はミルクスチーム。伝票に書かれているオーダーに合わせて、適切なミルクをスチームしていく。この店で扱っているのは、フルクリーム(通常のミルク)、スキニーミルク(低脂肪乳)、オートミルク、ソイミルクの4種類。温度は56~62度を狙う。本当はカプチーノが最もミルクのフロス(泡の層)が厚く、次にラテ、そして一番薄いのがフラットワイトという違いがあるのだが、メルボルンではどれも同じようにスチームしていると聞いたことがあるので、あまり細かいことは気にせず、ただただミルクをスチームしていった。私の向かいにポアリングポジションのスタッフがいて、私のスチームしたミルクを温度計で測る。お客さんに出せる温度か確認するためだ。最初は「65度、熱すぎ」とか「52度、低すぎ」などとやり直しを食らっていたが、だんだんと慣れてきて、適切な温度にスチームすることができるようになった。また肝心のテクスチャ(きめ細かいシルクのような質感が良いテクスチャとされる)に関してもお褒めの言葉を頂いた。
最後はショットだ。ポータフィルター(豆を入れるハンドル付きバスケット)をマシンから取り外し、豆のグラインド、タンピング、エスプレッソの抽出を行う。この作業はニュージーランドのカフェでも得意だったので、落ち着いてできた。両手を動かしロボットのようにリズミカルにオーダーに沿ってショットを作っていく。
時々伝票を見間違えてミスすることもあったが、自分なりにリズムを掴んで、全体としてはリズムよくまずまずの出来だった。トライアルが終わってマネージャーと外に出ていくときも、何人かのスタッフが「君、ショット速かったね!」「よくやったじゃん!」と声をかけてくれた。自分ではそこまで速いという感覚はなかったが、バー内の仕組みがニュージーランドで働いていたカフェと似ていたのが幸いしたのかもしれない。
ドキドキしながらマネージャーの言葉を待っていると、
「I have good feeling with you. このあとに何人か面接に来る予定だから、まだはっきりしたことは言えないけど、2日後には連絡するから、待っててね」
えっ。それって、期待してもいいってこと? いやでも、社交辞令かもしれない。ラテアートはぐちゃぐちゃだったし。こういう人は誰にでも優しいことを言うから…。まあ、良い印象は持ってくれたみたいだ。それはいいことだ。
マネージャーと握手をし店を出て、私は気もそぞろにシティをうろうろする。気を紛らわせるべく、古着屋やアートギャラリー、魔女の道具店(色んな魔法グッズ?が売ってあるコンセプトショップ)など、目についた色々な店を見て回る。『魔女のタロット占い』という張り紙を見て、人生で初めて占いをやってみた。黒い巻き髪の魔女は、アイルランド出身らしい。痩せて顔のパーツが大きく肌は青白くて、いかにも魔女という見た目だ。彼女は私の話を聞いて、タロットを読み、「いいカードばかりが出てるわ。あなたはその仕事に受かるでしょう。もしそうでなければ、それと同等の仕事を見つけるはずよ」ほんとか?気休めなりに少し勇気づけられ、しかしやはり落ち着かない気持ちで帰路につく。
その夜。相変わらずドキドキしていたが「はあ〜もうやることはやった」他にやることもない私はとにかく祈った。祈り祈って祈りまくった。神様仏様、この仕事に受からなかったら、いよいよ私は日本に帰りますんで、どうか最後のチャンスをください。
そうして祈っているうちに眠くなってきて、眠りに落ちた。
翌日、朝になっても起きる気がせず11時くらいまでぐーすか寝続け、電話の着信音で起きた。マネージャーからだ。
えっ、2日後だと思ってたのに早くない?まだ翌日なんですけど。ドキドキしつつ電話を取ると、
「もしもし。◯◯コーヒーのマネージャーです。君にフルタイムの仕事をオファーしたくて、電話をかけたんだけど」嬉しそうなマネージャーの声が聞こえる。
神か。私は飛び上がって喜びそうなのも寝ぼけた様子も極力見せないように声の調子を整えて、
「ほんとに? それって最高。ぜひ、よろしくお願いします。……あ、でも、再来週に5日間くらい年末旅行に行くんだけど、大丈夫?もちろん、その前後は週5で働けるんだけど」
「もちろん。旅行の間はシフト入れないようにするから、日にちが決まったら教えてね。それじゃあ、また会えるのを楽しみにしてるよ」
神対応あざす!私は信じられないような気持ちで電話を切り、しばらく小躍りした。
雇用に必要な詳細をメッセージでやり取りし、それがちょうどクリスマスの前の週で、クリスマス明けから働き始めることになったので、「メリー・クリスマス」で会話を締めくくる。
最高のクリスマスプレゼントだ。
なんで雇ってもらえたのかよくわからないし、日本に帰る決意を固め始めていたところだったので肩透かしを食らったような気分だったのだが、せっかく得たチャンスなのだから精一杯学ぼう!と、以来私は日々頑張って働いているのである。
愛すべき同僚たちについて
働きはじめて数週間たち、仕事に慣れてきたところで、ナイスでラブリーな同僚たちのことを紹介したい。彼らは皆往々にして優しく、「昨日は仕事の後何したの?」「ランチ何食べたの?」などいちいち聞いてくれ、ちょっと髪型やアクセサリーを変えただけで気づいて褒めてくれる、気さくな人たちだ。
まずはマネージャーだが、前述したように、まるで王子様のような振る舞いと話し方なのに、なぜか坊主頭だから、私は心のなかでひそかに「ファンキープリンス」と呼んでいる。腕には色んなタトゥーが彫ってあるが、その一つは可愛らしいコーヒーカップの絵だ。故郷のゴールドコーストにいるバリスタ友達とおそろいで入れたらしい。二枚目で人当たりがいいので、女性客を筆頭に老若男女からよく引き止められて話し込んでいる。天然たらしとは彼のことで、どんなに忙しくても神対応を忘れない接客業の鏡である。
私が働き始めたばかりのころにミスを連発してパニクっていた時は、「ちょっと話そう」と外に連れ出して、「自分をそんなに責めないで。大丈夫だから」と諭してくれた。私が切羽詰まった顔で「私はどうしてもこの仕事を失いたくないの」と訴えると、何を馬鹿なことをと言うように笑って「それはぜったいににないから安心して」と言ってくれた。「君はラブリーだし、できるようになるまでは時間がかかる。この店は学ぶのに最適な場所だ。しなきゃいけないだけのミスを全部して、ゆっくり学べばいい。だから心配しないで。ほら、気分転換に、5分くらい外を散歩でもしてきたら」そんな風に言ってくれた時は、ほんとうに王子だと思った。
しかしやはり現実は甘くなく、さすがのファンキープリンスもだんだん厳しくなってくる。やっぱり私がポンコツすぎる時は注意しなくてはならない。そんな時は王子の顔が曇るので大変いたたまれない気持ちになる。傷つけないようにできるだけ婉曲的表現で伝えようとしてくれるが、私はそれを「遅い」「雑」「テンパり過ぎ」などと直接的な表現に頭の中で翻訳してしまうので、気遣われているのが余計に辛い。し、期待通りにできない自分が不甲斐ない。そうした思いが積もってきてだんだん私はマネージャーに対して気まずさと苦手意識を抱くようになってしまった。最近は彼がなにか言ってきたら「はいはい、ブチギレ男」などと心の中で悪態をついてやり過ごしている。しかし、実際には彼はブチギレているのではなく少しイライラしているだけで、私が過去に働いてきた怖いマネージャーたちと比べれば、マネージャーというストレスの多い立場にいるにも関わらず彼はとても優しい方なのだから、悪態をついたりせずに感謝しなければならない。早くちゃんと仕事をできるようになって、関係を修復し、自信を持って接せられるようになりたいと思う今日この頃である…が、道のりは遠く感じられる。
ところで、マネージャーのファンキーな見た目はやっぱり彼にファンキーな一面があるからだった。王子的振る舞いからは想像しがたいが、彼は実はラッパーで、ヒップホップ系音楽を作るのが好きなのだという。Spotifyに自分の作った曲を載せていて、今年からはプロを目指して本格的に音楽活動をするのだという(普段は笑顔と落ち着いたたたずまいを崩さないが、曲のことを褒められた時だけは、たちまち顔を赤くしてはにかむ)。また、過去にはダンスもしていて、ヒップホップダンスの大会に出たこともあるらしい。とんだポップスターだった。そうした特技があるのは素晴らしいが、開店作業中に自分の作った曲を流すのだけはやめてほしい。上司の歌声を聞きながら作業するのは、なんというか、こちらが恥ずかしくなってしまう。彼はごく堂々としているけれど。
また、坊主頭の謎も解けた。他の同僚から聞いたのだが、ちょっと前まではずっとロングヘアだったのだという。それが、束縛の強いガールフレンドと別れてから、いきなり坊主頭にして金髪に染めたのだという(今はもう何回か伸びたのか金髪ではない)。そして私が働き始めてしばらくした頃には、ある日ずっと生やしていたひげも全部剃って来たのでスタッフみんなが騒然とした。まるでティーンエイジャーの少年のようにつるつるとしたベイビーフェイスのマネージャーを見慣れるのに、みんな時間がかかった。「いつもと違って見える」と言うと「別人みたいでしょ」と嬉しそうにしていた。そしてまたしばらくすると、こんどは伸びてきた坊主頭を新しい髪型にカットしていた。そんなマネージャーの激しい変化と新しい自分探しを、少しだけ面白がりつつも温かい気持ちでみんな見守っているようだ。
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次はカレンだ。女の子みたいな名前だが、27歳のニュージーランド人男性で、バリスタ歴8年くらい、スキルはトップレベルで、マネージャー不在時には代理を任されている。いつもしわのないネイビーのシャツを乱れなく着こなしており、ウェーブの掛かった亜麻色の髪と口ひげもあいまって、店の名前が英語で貴族の爵位を表す言葉なのだが、まさにそんな店名にぴったりのきっちりとした身なりだ。
彼はほとんど笑わない上に、抜け目なく店内および新人である私の行動を見張っていて、コーヒーのことについて注意する際は目がギラつくので、おおらかなイメージの羊の国ニュージーランドからやってきたとは想像し難い、几帳面で冗談の通じない少々怖い人だと思っていた。また声が低い上に早口で喋るので、低音が聞き取りづらい私の耳には、彼が何を言っているかわからないことが多い。
だが、少し一緒に働くことに慣れて、よくよく耳を傾けてみると、コーヒーのことについて話すとき以外は、実はジョークしか言っていないことがわかった。ただ、どんなジョークを言うときでもカレンは一切笑わないため、英語ネイティブの同僚たちでさえ、最初はカレンの様々な変な発言が本気なのかジョークなのかわからなくて困惑したという。例えば、カレンがこの店に雇われて間もない頃、オーストラリア人の同僚の一人に向かってカレンが「僕さ、この店で働けるのが嬉しいから店名のタトゥーを腕に入れようと思うんだ」と真剣な表情で言ってきたらしく、その同僚はカレンのことを「頭のおかしなやつだ」と思ったらしい。しかしあとになってそれはジョークだったと知ったのだという。
私がカレンのわかりづらいジョークに気づき出して大笑いするようになって以来、彼に何を言っても大抵は大嘘のジョークで返されるため、いったい何がほんとで何が嘘なのか、まったくわからない。同僚たちは「カレンの言ってることは真に受けちゃだめだよ」と冗談交じりにアドバイスをくれる。
例えば、英語に 「GOAT」というスラングがある。英単語goatは普通は動物の「ヤギ」と言う意味だが、スラングではGreatest of All Timesの略で、「最高なやつ」という意味だ。なので、ある日私は隣で働いているときに、冗談交じりにカレンのことをGOATと呼んでみた。
すると、カレンはものすごく真剣な顔つきで「ニュージーランドではね、GOATじゃなくSHEEP(羊)って言うんだよ」と諭すように言ってきて、私は抱腹絶倒する。
そんなカレンに休日には何するのと聞いたら、「インスタグラムをスクロールして時間を無駄にすること」と真顔で言っていた。
そんなカレンはいくらふざけていても、仕事については私が少しでも横着していると目ざとく見つけて「マジでちゃんとしろ」と注意してくるので怖い。そんな時は、「出た出た、ぶちぎれカレン」と心のなかで悪態をついてやり過ごしている。そのくせカレンはたまに、恐ろしく真顔で「ここはああしたほうがいいよ」と注意した後で、「今日はリップをつけてるね。新しいの?」などと、嬉しいけれども少々ぎょっとするようなことを平気で言ってくるので、こっちは調子が狂ってしまう。
バーの向かいのカウンター席の壁面は、鏡張りになっている。私がお客さんが去ったあと食器をを片付けたりしている際に、ふと鏡越しにスラリと背の高いマネージャーとカレンが二人並んでコーヒーを作っている様子が目に入る。そんな時は「はあ、コーヒープリンスたち」とついついこっそり見とれてしまうのだった。
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次はアッシュだ。くるくるカールしたとび色の髪の背の高い女の子が一人。あまり笑わないので最初は冷たい人かと思っていたら、小さな声で喋る彼女の言葉によくよく耳を傾けると、要点を捉えつつも思いやりに満ちた優しい
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