第一章 さらば青春の光

こんなはずじゃなかった。

存在したかも危うい青春のほとんどを犠牲にし、必死で勉強して、受験戦争を勝ち抜いて入学した地方国立大学。

戦争は終わった、色気のかけらもない参考書や赤本とはおさらばだ!華々しい女子大学生たちに囲まれてウハウハのウキウキ大学生活を送るのだ!

と鼻の穴を膨らませていたら、花の青春とは程遠く、僕を待っていたのはこともあろうにむさ苦しい男子寮での生活ある。

むさ苦しい男たちが寄り集まってむさ苦しさを増幅させている魔窟、ドミトリー3。

汗と性欲にまみれた悲しい男たちの居城。

文系の華々しい女子たちから隔離され、9割男の地獄生活。

寮友のMは「洗濯機の裏からキノコ生えてきた」と誰の得にもならない報告を画像とともにtwisterでつぶやいていた。

そんな中彼女をつくるのは夢のまた夢である。

寮友の何人かはTenderとかいう出会い系アプリで何人食ったとか嬉々として話しているが、僕はそのような蛮事には手を染めたくないのである。

僕は男としての矜持を保持したい。矜持だけは立派である

ある晩、僕は寮友たちとともに中洲の街に繰り出した。今夜こそ俺はやるんだ。

ところがモテない童貞たちがいくら束になってかかっても一緒である。

その夜何が起こったかよく記憶していないが、望まざる結果であったことは確かだ。

しかしながら、次の日の朝、目覚めると隣にネグリジェ姿の女性が横たわっていた。

なんと!ついに俺はやったのか。

「よっしゃアアァ」

シーツを顔面当てて防音しながら思いっきり叫ぶ。

その騒音で女性が目を覚ます。僕は枕を抱いてビクつく。

女性は起き上がり、スマホに何やら打ち込んで画面を僕に提示する

請求書だった。100,000円とついこないだまで高校生だった僕には見たこともない数字が並んでいる。0、何個?

親からの仕送りでしのげる額では到底ない。

「む、無理だよ……こんな額、到底払えない。今月と来月の家賃と生活費がなくなっちゃう」

「中洲の街で遊んどいてよくそんなこと言えるわね。あたしたち中洲の女は『おえらいさん』たちとコネクションがあるのよ。もし払えないって言うなら、『おえらいさん』たちに借金つけてもらうからね」

中洲の街で『おえらいさん』といえば100%黒服の人たちのことだ。

「わ、わかったよ。払う、払うから……。けど、ところで僕たちは、そのやったのかな。その、最後まで……」

これだけ金を失うのだから、せめて童貞脱出をやり遂げたことを確認したい。お願いします。

すると彼女は、「あら、最後までやってたらもっと高くついてたわよ。この額で済むだけついてたと思いなさい」と容赦なく僕に鉄槌を下す。

僕はショックすぎて動けない。なんと、失ったのは確固たる金であり、断固としてバージンではなかったというわけである。世間は厳しい。鬼ばかり。

……アルバイトをしなければ。

入学してから今まで、アルバイト探しは優先事項ではなかった。大学合格祝に親や親戚一同からお小遣いをもらっていたし、最低限の生活費は仕送りでまかなえた。それよりも優先事項は彼女を作ること(=童貞脱出)だった。苦汁をたらして乗り越えた受験から、俺はやっと自由になったんだ。この自由を享受し、遅れ馳せの青春を謳歌するのである!

しかし、この額、今月の仕送りは優に吹っ飛ぶ上、親類一同からの小遣いも底をつく。

女の子に奢るお金がなくなってしまう!

ともかく、ガラの悪い「おえらいさんたち」に通報されてはやばいので、ATMから現金をおろして彼女に渡し、逃げるように帰った。

こうして僕の優先事項は童貞脱出から緊急アルバイト探しへと変更を余儀なくされたのであった。

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